大学における介護専門部の開設の必要性について

高齢化がますます進む日本において、介護を専門とする人材の育成は欠かせないものとなっている。少子化に伴い、将来高齢化した日本の社会をどうささえていくかが問題になっているが、介護保険や年金をいった経済的な部分での問題と、高齢者が生涯を全うするために老後をどう過ごすのか、それにはやはり介護を専門家の助けがどうしても必要となってくるであろう。しかし、介護を専門とする介護福祉士などの仕事の地位はまだまだ低く、低賃金で重労働というイメージが強い。ここを変えていかないことにはこの仕事に従事する人、目指す人が増えていかないのは見えている。介護の仕事をするには専門学校で勉強をして、資格を取得している人が多いのが現状(一部大学もある)だが、この仕事に対する社会的地位をあげていくには有名大学に介護福祉部をおくべきであろう。学歴社会の日本では、いかに有名大学に進学するかでその地位が築かれるという風潮がまだまだ残っている。有名大学を卒業して、介護の仕事につく。介護の仕事の地位があがる。ヘルパーなどの資格を取り、介護の仕事で社会にでる女性も多くなる。家庭内介護ではなく専門の介護施設に介護を依頼する人が増える。介護の仕事の給料があがる。という良い循環ができれば、未来の高齢化日本は少し明るくなるように思える。そのためにはまずは大学に是非介護の専門部をおいてほしいものである。そして、政府はまず、介護の仕事の社会的地位をあげるための公的資金投入を行ってほしい。
大学で介護と触れ合う機会の提案

親を持つものはみな、いずれ親を介護していく立場にあると思うが、ましてや自分もいずれは年を取り介護をされる側になるということなど考える機会もない若い世代の多くは、一部のそれを専門とする大学に通う学生やそういった職業に就くもの、また介護すべき家族を持つものを除き、介護に対する知識はほとんどないに等しいと思われる。私もその一人であったが、早かった義父の死により、介護や人の死について深く考える機会を得た。その機会を与えてくれたのは、近所のお寺の住職だ。住職がよく語るのは、この田舎から都会へと出て行ってしまい、親が一人になっても戻ってこない子供たちの事である。都会の大学へ進学し、そこで就職し、結婚し、家も建て、核家族ができあがる。そうすると、元々ここにあった家族のつながりが当然のごとく徐々に薄れてくる。そして、伴侶を失い一人で生活する親たちは、自分の死に際のことが不安でたまらなくなる。しかし、親は子供に迷惑をかけられないと何も言わないのだという。私は、親と子供のつながりが途切れずにあれば、専門的知識はなくても、介護というものはおのずとついてくるものだと考えている。そこで私は、介護というものに若い世代が興味を持つ一つのきっかけとして、都会の大学へ地方のお寺の住職を呼んで、人と人とのつながりと介護をテーマに講演をしてもらう機会を作ることを提案する。家族や会社などに束縛された「大人」になった後では、制限が多すぎて聴いても身動きが取れず、出来ることは少ないと諦めるのは当然である。若い世代だからこそ、介護や死というものを色々な角度から見つめることができるのである。